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東京地方裁判所 平成8年(合わ)401号 判決 1998年2月23日

主文

被告人Aを懲役四年に、被告人Bを懲役四年二月にそれぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人Aに対し三八〇日を、被告人Bに対し三一〇日を、それぞれの刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人両名は、宗教法人オウム真理教(以下「教団」という。)に所属していたが、教団幹部であるI、N、H、T、Oらが、共謀の上、繁華街の公衆便所内にシアン化水素ガス発生装置を仕掛け、同ガスによりその公衆便所内の利用者等を殺害しようと企て、平成七年五月五日午後四時五〇分ころ、東京都新宿区西新宿一丁目西口地下街一号帝都高速度交通営団新宿駅東口脇公衆便所において、同所備え付けのゴミ容器内に、シアン化ナトリウム約一四九七グラムと共に濃硫酸入りペットボトルと発火剤として塩素酸カリウム等を充填したダンボール小箱在中の時限式発火装置を入れたビニール袋一個を置き、その上に希硫酸約一四一〇ミリリットル在中のビニール袋一個を乗せ、時間の経過により、右発火剤が右ペットボトルから溶け出した濃硫酸と化学反応を起こして発火し、両袋を焼いて右希硫酸と右シアン化ナトリウムを反応させてシアン化水素ガスを発生するよう仕掛けを施してこれらを設置したが、同日午後七時三〇分ころ、右発火装置からの発火を目撃した者の通報により現場に臨場した同駅職員に直ちに消火されたため、シアン化水素ガスを発生させるに至らず、右殺害の目的を遂げなかった際、それに先立ち、正犯者らがシアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を行うかもしれないと認識しながら、あえて、被告人両名共謀の上、同年四月二八日ころ、栃木県日光市細尾町字馬道七二七番地六付近山林内において、土中に隠匿してあった右シアン化ナトリウム在中の五〇〇グラム入りポリ容器三個を掘り出し、同月三〇日ころ、これを東京都八王子市中野上町<番地略>において、右豊田らに引き渡すなどし、もって、同人らの右犯行を容易ならしめてこれを幇助した。

(証拠)<省略>

(補足説明)

一  被告人Bの弁護人は、当時、被告人Bには、正犯者らが殺人行為を行うとの認識はなかったし、被告人Aとの共謀も認められないから、被告人Bは無罪である旨主張するので、当裁判所の判断を示す(再掲する名前については姓のみ掲げ、被告人名についてはそれぞれ「被告人」の表示を省略する。)。

二  被告人両名の行動を中心としたシアン化ナトリウム掘り出し前後の状況等について、関係証拠によれば、以下の事実を認めることができる。

1  教団の代表者××ことMは、密かに教団の武装化を計画し、サリンや自動小銃等の製造開発を進めていたが、平成七年三月中旬ころ、警察による強制捜査が実施される可能性があるとして、教団内部で製造していた自動小銃部品及び教団において調達した薬品類等を教団施設外に搬出、隠匿することとした。

被告人両名は、教団幹部のUから指示を受けたTの指示により、同月一八日、同人らとともに大量の右小銃部品等を教団施設から運び出し、神奈川県相模原市内の倉庫に搬入して隠匿した。Aは、Tから警察が来たら逃げるよう指示された上、右倉庫に倉庫番として常駐し、Bも同月二四日ころから、同倉庫の倉庫番に加わった。その際、AはBに、警察が来たら逃げるように指示された旨伝えた。被告人両名は、この間、警察に通報されないようにするため、倉庫内で物音を立てたりなどして目立つことのないように生活をした。そして、このとき以来、被告人両名は教団施設で起居することはなくなり、教団のアジトなどを転々とするようになった。また、同市内の別の倉庫には、教団信者らが持ち出した薬品類等が搬入、隠匿されていた。

2  地下鉄内でサリンがまかれ多数の死傷者が出た同月二〇日発生のいわゆる地下鉄サリン事件後、教団施設に対する強制捜査が行われたため、Mの指示を受けたUは、Iらに対し、相模原市内の各倉庫に隠匿してあった自動小銃部品、薬品類、基盤等の処分を命じた。同年四月三日、被告人両名は、Iらの指示を受け、十名前後の教団の出家信者とともに、それぞれ自動小銃部品、薬品類、基盤等を相模原市内の各倉庫から埼玉県熊谷市内の倉庫(以下「熊谷倉庫」という。)に移し、その後、運び込んだ物を分類し、基盤、自動小銃部品等についてはそれぞれ廃棄するなどし、シアン化水素ガスの原料となるシアン化ナトリウム等の薬品類については、同月七日ころから二回に分け、日光山中に埋めて隠匿した。薬品類の中にも廃棄してしまったものがあり、被告人両名とも埋める薬品と捨てる薬品があることは認識していた。同月九日ころ、熊谷倉庫において、被告人両名はNに命ぜられて、植木鋏やナイフで多数のガスマスクやビニールの防護服を切断し、あちこちのゴミ集積場に捨てた。この頃までに、被告人両名は、右のようにして倉庫に隠匿した後廃棄した物の中に多数の銃器の部品が含まれていることを認識していたし、報道により、地下鉄サリン事件について教団が疑われていること、強制捜査により教団施設から多量の薬品類が押収されたことも知っていた。Bは、教団がサリンを保有しているのではないかとか教団が地下鉄サリン事件を起こした可能性があるかもしれないとか、かねてから気にしていたが、熊谷倉庫に移動するころ、地下鉄サリン事件が教団による犯行であることを肯定するかのようなIの発言に接して、「やっぱりそうだったのか。」とのショックを受け、思わずAにIから右のように聞いた旨告げた。また、この頃、Bは、Iからタンクを壊す旨も聞かされたことがあった。

3  同月一一日、Uは、IとNに対し、Mの指示として、それ以前にも伝えていたとおり、捜査を撹乱してMの逮捕を防ぐためにテロを行うよう再度命じたことから、翌一二日ころ、I、Nは杉並区西荻南にあるアジトにおいて、H、T、OにUからの指示を伝え、テロの方法として何が適当であるかを話し合った。同月一六日、Iは、Mから、同月三〇日までに捜査撹乱のためのテロを行うよう改めて言われたため、翌一七日ころ、N、H、T、Oに対し、Mからの指示を伝えた。同月二三日、Uが刺殺(死亡は翌二四日)される事件があり、Iは、Uの死亡によりMの意思に変化がないか教団所属のDを通じて確認を行ったところ、変化がない旨告げられたため、同月二六日ころ、N、H、T、Oとともに、同月三〇日までを期限とするMの指示に沿うよう、早急に決行することの可能なテロの方法を相談し検討した。それまでにも石油コンビナートの爆破やダイオキシンの散布など種々の方法が検討され、準備されるなどしていたが、右相談、検討の結果、一番容易に実行が可能であるのが人の集まるところにシアン化水素ガスを発生させる方法であるという判断から、まずこれを実行することに決まった。

4  被告人両名は、このようなテロに向けた正犯者らの一連の話し合いには一切参加することはなかったが、Bは、いずれもその意図を告げられないまま、熊谷倉庫にいるころ、Nとともに肥料爆弾のための肥料を探したり、西荻南のアジトにいるころ、シアン化水素ガスの発生に使う硫酸を調達するようNから指示され探すなどした。そして、被告人両名は、同月二二日以降、Iからダイオキシンをまいてテロを起こす場所の下見をするよう指示されたHの運転する自動車に同乗して、直接その意図を告げられないままに、築地市場、証券取引所がある兜町、日比谷公園などを回った。その際、Bは、Hから、日比谷公園から近くのJRの駅まで歩いてどのくらいかかるかその時間を調べるように指示されたので、調べたその時間をHに報告した。さらに、このとき、Bは、Hが独り言でダイオキシンをまく旨言うのを聞いた。また、被告人両名は、この当時、教団幹部が逮捕されたり、教団施設に対する警察の大規模な強制捜査が続く中で、教団の存続に対する危機感を抱き、これら捜査の流れを止めたいと考えていた。

5  同月二七日、同月一八日ころからB、Aの順で偽名を使用してHらとともに入居していた杉並区永福町にあるアジト(以下「永福アジト」という。)において、Hの部屋にH、N、被告人両名が集まり、H、Nは、被告人両名に対し、シアン化ナトリウムかシアン化カリウムのことを「アオちゃん」と呼び、それを取ってくるように指示し、埋めてある場所、数量、容器等について説明したが、なぜ取ってくるのかについては述べなかった。その際、被告人両名とも嫌がる素振りを見せたが、Hらに特に異議を唱えることはなくこれを承諾した。同日、Hは、八王子市内にあるアジトのアパート「△△」において、被告人両名に対し、重ねてシアン化ナトリウムかシアン化カリウムを掘り出すこと、夜間にキャンパーを装って行くこと、人目に見られないように掘り出すこと、掘り出した後はBがアジトまで電車を使って持ってくること等を指示し、さらに、教団信者が教団幹部に指示されて作成した偽造運転免許証を持っていたYには、行き帰りの運転を指示した。

6  被告人両名は、指示どおり自動車にはキャンプ用品を積み、Yの運転で、夜間に現場に着き、人目につかないようにするため自動車をAが駐車し直した上、数十分程度かけて埋めてあったシアン化ナトリウム三本を掘り起こし、その際に使用したスコップは現場付近の山中に捨てた。Bは、自動車検問を避けるため、朝になるのを待って電車に乗り、永福アジトにシアン化ナトリウムを持ち帰った。そして、同月三〇日、BはHとともに、Dが手配したアジトであり、Iらが当時本拠にしていた八王子市内にあるマンション「☆☆」に赴き、掘り出したシアン化ナトリウム三本をTらに引き渡した。

三  前記二で認定したとおり、Bは、確かに、シアン化水素ガスを発生させる方法も含め正犯者のテロ計画の相談に参加したり、その計画自体を聞いたりしておらず、正犯者も被告人両名に特にこれを告げようとはしていない。しかしながら、<1>Bは、地下鉄サリン事件が教団による犯行ではないかとかなりの疑いを持った上で行動していること、<2>Bは、シアン化ナトリウムを含む大量の薬品類、自動小銃部品等を、薬品類、銃器の部品等と認識した上で、隠密のうちに隠匿、運搬しており、これらを処分する際には、薬品類は廃棄するものとそうではなく埋めて隠匿しておくものとがあることを認識しているのであり、その後、後者の中から本件シアン化ナトリウムを掘り出したものであること、<3>Bは、テロ行為に向けた毒物をまくなどの正犯者の発言を漏れ伝わる形で聞いており、そのための下見に同行するなどしていること、<4>B自身、当時、教団の存続に危機感を抱き、警察の捜査の流れを止めたいと考えていたこと、<5>Bは、シアン化ナトリウムを持ってくるよう命じられた際、一旦嫌がる素振りを見せたこと、<6>シアン化ナトリウムを掘り出して持ち帰ってくる際の行動は、Hの指示により警察に見つかることを極度に警戒した隠密なものであることなど、前記二に認定の教団と地下鉄サリン事件との結びつきに関するBの認識、薬品類等についてなした一連の行動、Bが接した正犯者の言動及び正犯者らとともになした行動、当時の教団を巡る周囲の情勢に対するBの認識、指示を受けた場面でのBの様子、シアン化ナトリウム掘り出しの際の状況等を踏まえ、さらに、Bは、正犯者の犯行が報道され自己が持ってきたシアン化ナトリウムが犯行に使用されたことを知ったのに、これを意外に受け止めた行動を全くしていないことなど、その事後の行動をも併せて総合的に判断すると、Bにおいて、シアン化ナトリウム掘り出し時までに、正犯者らがシアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を実行することにつき少なくともこれを未必的に認識していたものと推認することができる。そして、自動小銃部品等の隠匿以降ほぼ行動を共にしていたAの認識内容をみても、かかる推認の合理性が裏付けられているということができる。

四  一方、Bの、正犯者らが殺人行為を行うとの認識につき自白した内容となっている検察官調書について、弁護人は、Bは、犯行後にオウム真理教の一連の犯行を知ってしまい、精神的苦痛を抱えた過酷な逃走生活の末出頭して取調べを受けたため、供述調書作成時極めて不安定な心理状態であったのであり、検察官調書の内容が理路整然としていて臨場感に富むものであるということ自体が、逆に不自然である旨主張する。

しかしながら、Bの検察官調書は、記憶にある点とない点、体験した点と推測した点とがはっきり区別されて録取されたものであり、教団の犯罪性や正犯者の意図について徐々に認識が深まっていく様子や、教団施設に対する強制捜査や教団幹部の逮捕等で教団の存続に危機感をもったとの自然な心理状況などが率直に語られたものである。加えて、逃亡後の生活の状況などは、本人でなければ容易に供述し得ない内容が数多く盛り込まれているのであり、これらに照らせば、勾留中、Bが不安定な心理状態にあったとしても、かかる心理状態ゆえに不正確な調書に応じてしまったとは認められない。実際、Bが起訴後第一回公判前に弁護人に出した上申書(弁一五)などには、出頭した直後はボーッとしたり悩んだり取調べの時に泣いたりしていたが、しばらくたってぽつりぽつりと事件のことについて供述ができるようになったこと、刑事の「真実が知りたい。」「私たちは色々な現場を直接見てきている。だから被害者側に立っている。」という言葉に安心したのかもしれないことなどが記載されており、右に述べたことを裏付けているということができる。また、検察官調書で述べられている本件当時の認識、心理状況には、それらにつきB自身が公判廷で供述する内容と異ならない部分がある上、右検察官調書における供述は六で後述する弁解に比すればはるかに合理的で、前記推認にもそうものであり、基本的に信用できる。

五  弁護人は、Bの認識を基礎づける事実の不存在などにつき縷々主張するので、主要なものについて以下判断を示すことにする。

1  弁護人は、確かにBは一度は教団と地下鉄サリン事件との関係を疑ったことがあるものの、そもそも当時の教団のBを含めた一般信者においては、教団を追及する報道は見ないようにしていたり、地下鉄サリン事件が教団によって引き起こされたという報道を間違っていると考えていたり、教団に対する信仰心から、地下鉄サリン事件との関係を排斥するように思考回路が働いていた上、Bは、教団の犯行であることを肯定するかのような井上の発言に接した後に、熊谷倉庫にサリンらしき物が見当たらなかったことなどから、前記の疑念を払拭し、それ以降、地下鉄サリン事件が教団の犯行であるという認識ではなかったと主張する。

しかしながら、Bは、教団と地下鉄サリン事件との結びつきにつき、報道により教団が疑われ、地下鉄サリン事件の直後、教団に強制捜査が入り、大量の薬品類が押収されたことまで知っていたと認められるから、この点の主張は前提を欠くものであるし、たまたま熊谷倉庫にサリンらしき物が見当たらなかったことなどが、弁護人主張のように、直ちに右結びつきについて疑念を払拭させるほどの根拠になったものとは到底考えられない。Bの「地下鉄サリン事件を起こしたのは少なくともオウム本体ではないと思った」などの公判供述は、疑念を強く抱いた反面として、そうあって欲しくないという単なる願望から、それを否定し打ち消したい気持ちもあったという当時の不安な心境を述べているに過ぎないものと考えられ、そのことは、「それはオウム『本体』ではない」とか、「サリンがあったらまた同じような事件がそこら中で起きてもいいのではないか、と思ったんだと思う。」などという、合理的根拠に甚だ欠けたB自身の認識、心理状況に関する公判供述自体からも看取できるところである。さらに、弁護人主張の信者特有の思考回路についていえば、「自分も被告人両名も、一般の思考をも持っていたと思う。オウムの教義というのは、ある程度の基本的な善悪の判断、倫理観を度外視した別のところで成り立っていた。」旨述べるHの公判供述が、Bらの当時の思考法をよく物語っているのであって、教義を信奉することは教団と地下鉄サリン事件との結びつきを否定するという発想にはつながらないということができる。

したがって、弁護人の主張は、Bにおいて地下鉄サリン事件が教団の犯行であることを確定的には認識していなかったとの趣旨の限度であれば理由があるものの、Bが教団と地下鉄サリン事件との結びつきにつきかなりの疑いをもっていたことは十分に認められるから、その意味では理由がない。

2  弁護人は、「当時教団の信者であれば逮捕されかねない状況にあったから、掘り出しにあたって目立つことで通報されないようカモフラージュするために、夜キャンパーを装ったのだと理解していた。通報されて捕まるかもしれないという危険を感じたことと、運び出すのが薬品であったということとは関係がない。」などというBの公判供述をもとに、掘り出し前後の隠密な行動も不自然なことではないと主張する。

しかしながら、「現場で職務質問をされるんじゃないか。」「死体を埋めていると思われ通報されるのではないか。」と思った旨の公判供述は、質問を重ねられるうちに唐突に言い出されたことである上、現場が人通りの殆どない状況であることも考えると不自然であり、また、掘り出しにあたって目立つことを恐れたが、それは対象物が薬品であることとは無関係であったとする点も、シアン化ナトリウムを掘り出した後のその運搬方法についてもBがあえて電車で持ち帰るように指示を受けてこれに従っていることからすれば、納得し難い。その上、Hと前記の都内三箇所を下見した際に、警察官が警戒している中、通報されないようカモフラージュする配慮はBには全く窺われないことから明らかなように、掘り出しに行くとき以外にはカモフラージュする趣旨の行動は、正犯者が変装を行うなどする一方で、B自身には見当たらないこと、教団の信者であるがゆえに逮捕の懸念を抱いていたとしても、この下見の際から掘り出しの際までの間にBが自分の逮捕を更に懸念するようになる状況の変化は特にないこと等の諸点に鑑みれば、薬品を運び出すこととは関わりなく単に教団の信者であるゆえ逮捕されるおそれを懸念し、前記のような行動を行ったというのは不合理かつ不自然であって、その旨のBの公判供述は信用できない。したがって、弁護人の主張は理由がない。

3  また、弁護人は、Bが再度林からシアン化ナトリウムを取ってくるよう指示され、平成七年五月一七日、シアン化ナトリウムの二度目の掘り出しに行ったときは心の葛藤を感じたのに、一度目の本件の際は心の葛藤を感じなかったのであるから、認識の差異が認められ、したがって、本件では、正犯者が無差別殺人テロを行うことを知らなかったはずである旨主張する。

確かに、弁護人主張のとおり、一度目と二度目の各掘り出し時における認識の程度に違いがあるのは、Bにおいて、正犯者らの犯行が未遂に終わった同月五日の夜、報道により、自己の掘り出したシアン化ナトリウムが正犯者らにより犯行に使われ、シアン化水素ガス発生装置が無差別大量殺人を起こし得ることを明確に知ったことからすれば当然であろう。しかしながら、前に認定したとおり、一度目の掘り出しについても、被告人両名とも、シアン化ナトリウムの掘り出しを指示された時点で嫌がる素振りを見せたことなどが認められ、また、Bの検察官調書においても、熊谷倉庫内のものを処分したときよりもはるかに大きい抵抗感、罪悪感をもった旨記載されているのであるから、一度目の際に心の葛藤を感じなかったとするその前提に疑問がある。

むしろ教団が無差別殺人テロをも辞さない集団である事実が明確に突きつけられたのに、Bは、煩悶の末、正犯者の指示の実行を避けようと考えたなどというのでなく、さしたる躊躇もなく再度の掘り出しに向けて極めて合理的に行動しており、既にIやTが逮捕されている中で、Bには、Hが大事件を起こすのであっても「手伝えることは手伝う。」という意欲的な様子も一方では窺えるから、そもそも、二度目の掘り出しの際に覚えた心の葛藤の内容も右のような程度にとどまるものであったと認めることができる。加えて、B自身、公判廷において、「地下鉄サリン事件が教団の犯行であっても、Mの予言により一九九七年にハルマゲドンがあるというので、その流れを止めようとしたのかなどと肯定的に考えていた」旨述べており、これは、通常人としての罪悪感をもちながらも、世間一般の人々の生命より教団の存続を優先する信者であったBの立場を如実に表しているのである。

そうすると、各掘り出し時におけるBの心の葛藤の状況は、一度目の掘り出しの際、Bに正犯者が無差別殺人を実行することについての認識が何らなかったとする根拠には到底ならないものといわなければならない。弁護人の主張は理由がない。

六  被告人Bは公判廷において、「掘り出した物を何のために使うのかについて、けが人が出そうなことをやるのではないかとは思っていたが、人が死ぬとまで考えていたかは分からない。」「オウム信者が逮捕されていくことについて抗議的なことをすると思っていた。」「その方法としては設備、装置を壊すとか有毒なものをまくかもしれないとは思っていたのではないかと思う。ビラを配るということもあったと思う。」などと供述する。

しかしながら、正犯者の行為の認識について、破壊や散布が街なかで行われるものであったり、規模の大きいものであったりすることは、多少曖昧な点はあるとはいえ、Bも公判廷で繰り返し述べているところ、その程度の破壊力のある行為を想像しているのに、その結果としてけが人が出るにとどまると考えるべき合理的根拠はない。

弁護人は、Bの右公判供述に依拠して、Bはビラを配るなどという抗議的な運動を予想していたに過ぎないというが、そもそもビラを配ること自体、公判廷において質問を重ねられた結果、Hと都内三箇所の下見に行った当時受けていた感じとして唐突に言われたものに過ぎない上(弁護人提出の証拠であるBが弁護人に宛てた手紙、上申書にも一切出ていない。)、前記二のような経緯を踏まえてみれば、シアン化ナトリウム掘り出し時にBにおいて、正犯者が実行しようとしていたことがビラを配る程度のことにとどまると考えていたものとは到底認め難い。結局、正犯者らが殺人行為を行うとの認識について、これを曖昧にいうBの前記公判供述は、信用できない。

七  以上検討の結果、Bは、本件シアン化ナトリウムの掘り出しを行った当時、正犯者らが、シアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を実行することについて、少なくともこれを未必的に認識していたものと認められ、殺人未遂幇助の故意に欠けるところがないのは明らかである。

八  なお、弁護人は、Aとの共謀が存しないともいうが、H及びNからのシアン化ナトリウム掘り出しの指示があった際、被告人両名とも、掘り出してくるシアン化ナトリウムを使用して、正犯者らが無差別殺人を実行することを、少なくとも未必的に認識した上、両名が互いに協力してシアン化ナトリウムを掘り出して持って来ることを了解し、実際そのとおり行動しているのであるから、Aとの間に幇助行為の共謀が存することは明らかであり、Bに殺人未遂の共同幇助犯の成立が認められ、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

以下における「刑法」とは、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により、同法律による改正前のものをいう。

被告人両名とも

罰条 被害者ごとに刑法六〇条、六二条一項、二〇三条、一九九条

科刑上一罪の処理 刑法五四条一項前段、一〇条(犯情が被害者ごとに異ならないのでその一を選ぶことをしない)

刑種の選択 有期懲役刑

法律上の減軽 刑法六三条、六八条三号

未決勾留日数の算入 刑法二一条

訴訟費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(量刑の理由)

一  本件は、オウム真理教(以下「教団」という。)に属する幹部信者が共謀の上、教祖と称していた××ことMのテロ指令を受けて、Mの逮捕を防ぎ教団の存続を図るため、捜査を撹乱しようと意図して、地下鉄新宿駅の公衆便所内にシアン化水素ガス発生装置を設置し、無差別殺人を企てたものの未遂に止まったという殺人未遂の犯行に及んだ際、教団信者であった被告人両名がその犯行に先立ち、警察の差押えを免れるため埋めておいたシアン化ナトリウムを掘り出して持ち帰り、正犯者に渡すなどしたという殺人未遂幇助の事案である。

正犯者による本件殺人未遂の犯行の動機は、右事案の性質から明らかなとおり、教団の存続を教団以外の不特定多数の者の生命より優先させるという極めて独善的かつ自己中心的なものであり、酌量の余地は皆無である。市民を恐怖と混乱に陥れた地下鉄サリン事件以降社会不安が極度に高まる中、多数の者が利用する公衆便所にシアン化水素ガス発生装置を設置したその態様は極めて悪質であり、凶悪かつ反社会的というほかない。状況いかんでは地下鉄サリン事件同様の惨劇を招きかねない犯行で、その危険性は極めて高いものがあった。

二  これらの犯行に先立ち、被告人両名が行ったシアン化ナトリウムの掘り出し及び持ち帰りは、正犯者の犯罪実行に不可欠な犯行手段を提供する重要なものである。被告人両名とも、正犯者がシアン化ナトリウムを使用して無差別殺人を実行することにつき少なくとも未必的に認識しながら、警察の捜査を攪乱するため、易々とこれに従ったもので、動機に酌むべき点は認められない。掘り出しにあたっては、正犯者の指示どおり、露見しないよう一般人を装った上夜間にこれを行うなど、態様は計画的かつ巧妙である。また、Aは殺人未遂の犯行当日、現場付近で正犯者との連絡役を行い、Bは正犯者が右犯行前に同一目的でシアン化水素ガス発生装置を設置しようとした際、現場付近に同行しているなど、それぞれ看過できないばかりか、正犯の犯行が全くの幸運により未遂にとどまったものの社会に大きな衝撃を与えたことを十分に知りながら、その後も同様の方法で正犯者から同様の指示を受けるや、被告人両名ともさして躊躇することなくまたもやこれに従うなど、犯行後の情状も悪い。してみれば、被告人両名の刑事責任は幇助犯とはいえ相応の重いものがあるといわなければならない。

三  他方、被告人両名とも、教団幹部である正犯者に指示されるがまま本件幇助行為に至ったものであって、受動的、従属的な立場にあったものである。また、両名は、掘り出してきたシアン化ナトリウムを使用して正犯者が惹起する具体的な結果につき、確定的に認識していたわけでもない。そもそも、教団に入信した動機は、被告人両名とも純粋な考えに基づくものであり、現在では、正常な規範意識を失わせた元凶ともいうべき教団から既に脱退している上、諸々の社会的制裁を受けているなどの事情もある。

加えて、被告人Aには、一年以上の逃亡生活の中後悔の念に苦しみ、当時いた教団の逃亡犯の中で他の者にさきがけて自ら警察に出頭していること、一貫して素直に罪を認め反省していること、証人として出廷した父母が更生に極めて協力的であり今後の監督が期待できること、教団に入信するまでは犯罪と無縁の生活を送っていたのであって前科前歴はないことなどの酌むべき事情が存し、被告人Bにも、Aの後を受けて自ら警察に出頭していること、公判廷で不合理な弁解が見受けられるとはいえ、自己の行為の重大性自体は認識し反省していると見られること、証人として出廷した父の協力が期待できること、教団に入信するまでは犯罪と無縁の生活を送っていたのであって前科前歴はないことなどの酌むべき事情が存する。

そこで、これらの事情を総合考慮し主文の刑を定めた。

(裁判長裁判官 木村 烈 裁判官 西田眞基 裁判官 大寄 淳)

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